礼拝説教

「神との平和」― 苦しみの中にも希望を見つける信仰 ローマ書5章1~4節


2026年10月18日

ローマ書5章1~4節で、パウロは、イエス・キリストを信じることによって私たちに与えられる「神との平和」について語っています。聖書が語る平和とは、争いがなくなることだけではありません。自分ではどうすることもできなかった罪や不安、心の重荷から解放され、神様との関係が回復されることによって与えられる、心の深いところからの平安です。キリストを通して、私たちは恐れながら神様から逃げる者ではなく、神様の愛の中で生きる者となったのです。

この平和は、人間が努力して勝ち取ったものではありません。パウロは、イエス・キリストが私たちのために成し遂げてくださったことを信じ、受け入れることによって与えられるものだと説明します。聖書でいう「信仰」とは、ただ神様の存在を知っているということではありません。神様が自分に向けて差し出してくださった愛と恵みを信頼し、受け取ることです。キリストが私たちのために十字架にかかられたことを知り、「この愛は私にも向けられている」と受け入れることから、新しい人生が始まります。

パウロはさらに、キリストによって「恵みの中に導き入れられた」と語ります。これは、神様から遠く離れていた人が、再び神様の前に迎え入れられるようになったということです。過去の失敗や罪のために、いつまでも恐れ続ける必要はありません。キリストによって赦された者は、その赦しと平和を受け取り、その中で生きることができます。信仰とは、過去に縛られ続ける人生から、神様と共に新しく歩み始める人生への大きな転換でもあります。

そして、神様から与えられる救いには「喜び」があります。パウロは、神様の栄光にあずかる希望を喜ぶように語っています。クリスチャンの喜びとは、人生に問題がなくなるから生まれるものではありません。自分は神様に愛され、受け入れられているという確信から生まれる喜びです。人生の状況が変化しても、この愛は変わりません。だからこそ、聖書は「喜びなさい」と私たちを励ましているのです。

しかし、信仰を持てば苦しみがなくなるわけではありません。パウロはむしろ、「苦難さえも喜ぶ」と語ります。それは苦難そのものが楽しいという意味ではありません。苦難が忍耐を生み、忍耐が人を鍛え、成熟した人格をつくり、そこから新しい希望が生まれることを知っているからです。金が火の中で精錬されて純粋になっていくように、人もまた試練を通して強く、深く、成熟した者へと変えられていきます。神様は私たちが経験する苦しみを無駄にはされない、と聖書は教えています。

ですから、キリスト教が語る希望とは、「これからは何も悪いことが起こらない」という希望ではありません。どのような状況の中でも、神様が共におられ、その苦しみさえも新しい人生へと変えてくださるという希望です。苦難は忍耐へ、忍耐は成熟へ、そして成熟は希望へとつながっていきます。キリストによって神様との平和を受け、その恵みの中に立ち、苦しみの中でも希望を失わずに生きること。それがローマ書5章が私たちに示している信仰の姿なのです。

Jesus I Need You (Hillsong) - Josua & Cindy

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