2026年06月28日
*本文:ローマ書1章16-17節
パウロは「私は福音を恥としません」と力強く語りました。当時のローマは、大きな権力と豊かさを持つ帝国でした。それに比べて、クリスチャンたちは小さく、弱い存在に見えました。しかしパウロは、どれほどローマが強く見えても、本当に人を救うことができるのは福音だけだと信じていました。十字架の言葉は、この世の人には愚かに見えるかもしれません。しかし、救われる私たちにとって、それは神様の力なのです。
福音とは、イエス・キリストによって罪と死に対する勝利が始まったという、喜ばしい知らせです。イエス様は十字架の上で死なれ、よみがえられました。そして、罪と死の力に勝利してくださいました。ですから福音は、ただの教えや考えではありません。信じるすべての人を救う神様の力です。ユダヤ人も異邦人も、知識のある人もない人も、誰でもイエス様を信じるなら救いを受けることができます。
パウロは、福音の中には「神の義」が現されていると語ります。人間は罪を犯し、神様との正しい関係を失いました。律法は、私たちに何が罪であるかを教えてくれます。しかし、律法を知るだけでは、罪から自由になることはできません。自分の力や正しい行いだけで、神様の前に義人となることのできる人は、一人もいないのです。
そこで神様は、私たちを救うために、ひとり子イエス・キリストをこの世に送ってくださいました。イエス様は罪のないお方でしたが、私たちのすべての罪を背負い、十字架で死んでくださいました。私たちが受けるべき罰を、主が代わりに受けてくださったのです。ここに神様の義と、私たちに対する大きな愛が現されています。私たちはこの十字架によって、罪の罠から解放されたのです。
それでは、信仰とは何でしょうか。信仰とは、イエス様が私たちのために成し遂げてくださった救いを、心から受け入れることです。信仰は、自分の力や功績を誇ることではありません。神様から与えられる恵みを受け取ることです。それは、差し出された贈り物を手で受け取ることに似ています。救いは私たちの努力によって得るものではなく、神様が一方的に与えてくださる恵みなのです。
「義人は信仰によって生きる」という言葉は、預言者ハバククの言葉です。国が滅びそうになり、人々が大きな不安の中にいたとき、神様は「正しい人は、その信仰によって生きる」と語られました。たとえ世の中が揺れ動き、目の前に大きな苦しみがあったとしても、神様を信じる人は滅びません。神様が守り、救い、永遠の命を与えてくださるからです。
私たちはただ信仰によって、ただ恵みによって、ただ福音によって生きます。私たちの救いの根拠は、自分の行いではなく、イエス様の十字架の愛です。主は仕えられるためではなく、仕えるために来られ、ご自分の命を私たちのために与えてくださいました。この大きな愛を信じ、受け入れましょう。そして、どのような状況の中でも福音を恥とせず、神様を信頼して歩んでいきましょう。義人は、信仰によって生きるのです。