礼拝説教

「アブラハムは何によって義と認められたのか」― ローマ書4章から学ぶ信仰と恵み


2026年09月13日

ローマ書4章を理解するためには、その直前にある3章31節の言葉が大切です。パウロは、「信仰によって救われるからといって、律法が必要なくなるわけではない」と説明しました。旧約聖書に記された律法と、新約聖書で明らかにされた福音は、互いに対立するものではありません。どちらも同じ神様が、人を救いへと導くために与えてくださったものです。福音は律法を否定するのではなく、その意味を完成させ、さらに深く示すものだとパウロは考えていました。

ローマ書4章でパウロが特に取り上げたのは、ユダヤ人にとって非常に大切な人物であるアブラハムとダビデでした。パウロは、長い歴史の中で神様の教えを受けてきたユダヤ人たちが、なぜイエス・キリストによって示された恵みの福音を受け入れることができなかったのかを深く悲しんでいました。だからこそ、彼らが尊敬していたアブラハムとダビデ自身も、実は自分の力や功績によって神様に認められたのではなく、神様の恵みによって受け入れられたのだということを示そうとしたのです。

まずパウロは、「私たちの父祖アブラハムは何を見出したのでしょうか」と問いかけます。アブラハムは、ユダヤ人にとって民族の父とも言える存在でした。しかしパウロは、アブラハムが血筋や家柄、社会的な立場、あるいは自分の努力によって特別な存在になったのではないと語ります。アブラハムの出発点には、人間的に誇れるものがあったわけではありません。それにもかかわらず、神様が彼を選び、導き、信仰の父として用いられたのです。

そのため、パウロは「もしアブラハムが行いによって義と認められたのであれば、彼は誇ることができたでしょう。しかし、神様の前ではそうではありません」と語りました。これはアブラハムだけに限った話ではありません。人は誰でも、自分の学歴や仕事、財産、家柄、善い行いなどを誇りたくなることがあります。しかし聖書は、そうしたものによって神様との関係を得ることはできないと教えています。私たちが神様の前に立つことができるのは、自分が立派だからではなく、神様がまず私たちを受け入れてくださるからなのです。

そしてパウロは、創世記15章6節の言葉を引用します。「アブラハムは神を信じた。それで、それが彼の義と認められた。」アブラハムの信仰は、単に神様が存在すると考えることではありませんでした。神様から「自分の土地と家族を離れ、わたしが示す地へ行きなさい」と言われた時、彼は行き先を知らないまま出発しました。神様の言葉と約束を信頼し、自分の人生を委ねて歩き始めたこと、それがアブラハムの信仰でした。

さらに神様は、子どものいなかったアブラハムに、「あなたの子孫は空の星のように増える」と約束されました。人間的に見れば、それはほとんど不可能に思える約束でした。妻サラも年を重ね、子どもを持つことは難しい状況でした。それでもアブラハムは神様の約束を信じました。聖書は、その信仰を神様が「義」と認められたと語っています。つまり、アブラハムは自分の能力によって神様の約束を実現したのではなく、神様の力と真実を信頼したのです。

パウロがここで伝えようとしているのは、神様の恵みは新約聖書になって突然始まったものではないということです。律法が与えられる以前から、アブラハムは神様の恵みによって受け入れられていました。旧約聖書において働かれた神様と、イエス・キリストを通して救いを示された神様は同じお方です。そしてその恵みは、特定の民族や特別な人だけに与えられるものではありません。自分の力を誇るのではなく、神様を信頼し、その愛と恵みを受け取るすべての人に開かれているのだと、パウロは語っているのです。

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